無料ブログはココログ

« 「大田黒公園」行ってきた  | トップページ | 「府中市美術館」行ってきた  »

2013年12月28日 (土)

「小林彰太郎」氏逝去に思う 

1_2

本年10月28日「小林彰太郎」氏が83歳で他界した。我が愛読する「CG:CAR GRAPHIC」誌の創立者で名誉編集長であり、且つ世界的なモータージャーナリストであった。

氏は現ライオン株式会社の創業者の一族で1929年生まれ、東京大学経済学部在学中からモータージャーナリストを志した。

 

CG誌の読者やモータージャーナリストにとって氏は神のような存在だった。国際派の少ない日本のモータージャーナリストの世界では、国内の自動車業界の雄との交流や戦後いち早い海外現地取材等で、本田技研の「本田宗一郎」氏や欧州のプロドライバー「ポール・フレール」氏・・・多くの知己を得ていた。当時新発売のホンダS600を持ち込み、奥様と共にヨーロッパ各地を訪れ、各地のモーターレースを現地取材した話はつとに有名だ。

P12104941 P12104961 P12104971

CG誌では運輸省の村山テストコースや谷田部の高速道路試験場での高速走行実験や、実際に車両を購入し長期テストを行う等の当時としては画期的な企画を次々に実行し、日本のモータージャーナリズムに新風を吹き込んだ。この結果、国産車の飛躍的発展に貢献したことは間違いない。世界各地のCAR OF THE YEARで北米・ヨーロッパでマツダ・アクセラ(アテンザ兄弟車)がファイナリストに残り、日本でもVWゴルフと共にファイナリストとなった(RJC CAR OF THE YEAR)ことは真に国産車が世界のレベルに達したということであり、氏の長年の活躍がこの時期に実ったことは感慨深いものがある。

 

 

個人的には氏の所有したオースチン7やアルヴィス、ランチア・ラムダ、ローバー2000TC、アルフェッタ、アルファスッド、アルファSZ、ランチア・イプシロン・・・の変遷に深く憧憬するが、自身が13年間所有したシトロエン・エグザンティアを氏も所有し、「この1台があれば全てに足りる」との名言が印象的で全く同感、ハイドロシトロエンの良き時代の1台だった。

800pxcitroen_xantia_front_200710301 P12105011

氏の逝去は日本のモータージャーナリズムにとって大きな損失であるが、長いCG誌の編集を通じてその意思を引き継いでいく次の世代が育っている。

氏は前日愛知県長久手のトヨタ博物館でトークショーに参加し、多くの自動車ファンと言葉を交わした翌日に亡くなった。全く永遠のモータージャーナリスト「小林彰太郎」らしい最後だと思う。根っからの車好きが体現した理想の人生だったのだろう。

« 「大田黒公園」行ってきた  | トップページ | 「府中市美術館」行ってきた  »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「小林彰太郎」氏逝去に思う :

« 「大田黒公園」行ってきた  | トップページ | 「府中市美術館」行ってきた  »

2021年8月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト